聖悠紀(ひじりゆうき)さん(紳士だ)の筆頭作品「超人間カギ」は、第1作品瞳の「ニンバスと負の実情」が1967年に同人間誌で発表されたのを皮切りに、認知図書を転々としながらも、50年間近連なる(つまり、品物の後継年数だけで言えば、あの「こち亀(1976年~)」より9年も長いのだ)、国中マンガ史上に燦然ときらめく超大作だ。
中心人間公のカギは、緑の髪を持つ、銀河系最強のエスパー。
比類なき強大な力を保ち、遺伝子を操作して男にも妻にも、老人間にも幼子にも生まれ変われる、不死身の側。
けれど、人間類の賑やかのために酷い競り合いへと自分を投じ、人間々の苦しみや悲しみに涙する、手厚い人間。
地球を、太陽系を離れ、銀河系にまで居留のスポットを広げる人間一団は、それでも張りあいを諦める事はありません。
さらに、人間を超えた力を持つエスパーは、普通の人間日数らに「怪物」と嫌悪の目を向けられたりも行なう。
どんなに年月を重ねようとも、人間は張りあいや憎しみからずらかれない。
それでも、カギは人間々の結果、人間類の賑やかのために戦い積み重ねるのです。

我々が聖さんを知ったのはもう40年以上もの過日で、多分、主人の事を特集したマンガ関わり図書を読んだのが発端です。
なにしろ、のちの79年にマンガ図書「少年さきがけ」で連載がスタートするまでは、同人間誌としてのみ販売されていたため、普通の書店では売っていなかったのです。それなのに、図書で特集が組まれたというのですから、いかに熱烈な気違いが多かったか、うかがい知れるという産物。
では、当時、極々マイナーな側であった(近年とは違って、同人間誌を印刷で山積給与なんて出来なかった)主人の品物が、なぜそれほどまでに多くの人間の怒りをひきつけたのか。
それは、「超人間カギ」という品物の希有壮大な筋道はもちろんですが、なんといっても、聖さんの描く線にあると思います。
講話の推進はハードにもかかわらず、性格の線は狭く、その目には傷つきやすさと頑強気合いが同居講じる。
叙情的立場におけるデリケイトかつ華麗な描出は、「これが男の人間の描く図式なのか?」と奇跡と熱狂をもたらします(実際の話、当時の気違いのの間には、聖さんを女子だと思い込んでいた人間が少なからずいたそうで)。

さて、1000年以上もの長きに渡って講話は展開して赴き、最近なおカギの周遊は終わっていません。
聖さんはコンスタントに新作を発表されてあり、まだまだ「サーガ」は続きそうです。